研究助成事業東日本大震災への取り組み 
提言(2011年7月1日)

名水と俳句-山頭火俳句添え「暮らし方再考」-

平塚 彰

大阪産業大学 工学部都市創造工学科
准教授 平塚 彰
[助成採択年度] 2008年度
[助成種類] 国際交流

今回の東日本大震災は、「資源・エネルギー問題」の根本的転換を迫るものであります。つまり、思考法を非常時(平時ではない有事)モードに切り替える必要があるということであります。私の専門は環境工学・環境システムでありますが、本分野でいえば、「水資源問題」を再考する絶好の機会でもあるということであります。今回の震災に対する 試練克服の鍵としては、次の2つが挙げられると思います。すなわち、 ①自国への「誇り」と「自信」を抱くこと ②課題を自分の問題として受け止め、「先送り」にしないことであります。

環境問題を論ずるフレームワークを敢えて分類すると、いわば「環境至上主義」と「経済至上主義」に大別できます。実際的には、この中間に解(トレードオフの支点)を見出すことになります。したがって、環境問題に関する科学的・政策的研究で重要となるのは、その解決に向けてのトレードオフの支点(すなわち"間")を見出すことであります。

日本には、その文化を特徴づけるものの一つとして『間』の文化があります。また、その「間」の文芸としては世界に誇れる俳句が存在します。

私は5月下旬、米国であった「世界環境・水資源会議」(米国・土木学会)に出席し、「地下水水質と健康」に関するセッション(Groundwater Quality and Human Health)で論文(Current status and trend of nitrate-N and factors affecting its concentration in shallow groundwater systems of Kathmandu)を発表し、また7月上旬、オーストラリアで開催される「国際測地学・地球物理学連合」の国際会議で地下水に関する関連論文(Influence of anthropogenic activities and seasonal variation on groundwater quality of Kathmandu Valley using multivariate statistical analysis)を発表する予定でありますが、今回の東日本大震災を契機に、地上・地下資源である「水」とりわけ"飲料水"の水源に、もっともっと光を当てるべきであると思うようになりました。そこで、その仕掛けとして、日本が誇る名水を俳句と組み合わせ、環境問題を市民に身近なものにすることを考えました。具体的には、環境省が85年に選定した昭和の名水百選が清潔さや故事来歴を重視していることに着目し、日本地下水学会のデータを基に1㍑当たりの蒸発残留物(30~200ミリグラム)▽臭気度3以下▽水素イオン濃度(pH)6~7.5▽水温20度以下‐など「おいしい」とされる条件に当てはまる水を探しました。結果的には軟水が全てを占め、岩手、熊本、宮崎の3県が各2カ所、福井、愛媛、大分、鹿児島の4県が各1カ所(九州が6ケ所を占める)となりました。灘の宮水(兵庫県西宮市)や伏見の御香水(京都市)は入りませんでした。更に、私は文献を探索するなかで、全国を漂泊し「水の俳人」とも呼ばれる種田山頭火が、その名水を詠んだと想定される俳句を添えることを思いつきました。そして、震災後の私たちの暮らし方を再考するにあたり、私自身が山頭火の俳句を添え、名水10傑(付表参照)を選定した次第であります。これは、6月16日の毎日新聞(夕刊)〔近畿版〕にも紹介されました。私自身、この内容をこの8月に開催される国連NGOのシンポジウムで発表(基調講演)する予定であります。

名水と俳句をめぐって、「名水の風景と持続可能な水質保全活動」について検討することは、正に時宜を得たものであると確信しています。今後、持続可能な水質保全活動のあり方について、1)名水地に関する環境の教育の重要性、2)名水地に関する環境の経済学の重要性、3)持続可能な水質保全活動とエコマネー (自助・共助・公助の観点から)、といった観点から考察を行なっていきたいと思っています。

これまでの論文において、私は環境問題への現在の処方箋が「Homo-economics(合理的経済人)」的思考に基づいているとし、その限界を指摘し、それに代わる思考様式の必要性を主張しています。具体的には、①政策判断としての予防原則、②環境と「環世界」、③人文学の復興、④ガイア仮説、⑤アニミズム的思考の復権に触れ、「これらを人間の直観力によって統合して再解釈(分析・理論化)する新しい学問分野」である「Homo-environmentics(環境人文学)」への期待を述べています(これに関する私の論文が、北京大学より発刊された論文集〔中国語版〕(2010年12月)に掲載されました)。

本研究が、本分野における新たな沃野を切り開くものになるよう努力してまいる所存であります。

付表

■私自身が選定した名水10傑■
① 池山水源(熊本県) 1919年ごろ
大地より 湧きあがる水を よゝと飲む
② 白川水源(熊本県) 1929年ごろ
岩かげ まさしく 水が湧いてゐる
③ 出の山湧水(宮崎県)1930年
水の味も 身にしむ 秋となり
④ 清水の湧水(鹿児島県)1930年
飲まずには 通れない 水がしたゝる
⑤ 綾川湧水群(宮崎県)1930年
こんなに うまい水が あふれてゐる
⑥ 長小野湧水(大分県)1930年
酔ひざめの 水をさがすや 竹田の宿で
⑦ 龍泉洞地底湖の水(岩手県)1936年
ここまでを 来し 水飲んで去る
⑧ 金沢清水(岩手県)1936年
水音 とほくちかく おのれをあゆます
⑨ 瓜割ノ滝(福井県)1936 年
音の たえずして 御仏とあり
⑩ 杖ノ淵(愛媛県)1940年
落葉する これから水が うまくなる
(年は 山頭火が俳句を詠んだ時期)